食べ手の声を聞くのが怖くて売り場から逃げていた新人の私が製菓の仕事で明かす本音

売り場に立つことを避けていた新人時代の正直な気持ち

正直に打ち明けると、製菓の学校を出て菓子店に勤め始めたころの私は、売り場に立つ時間がとても苦手でした。自分が仕上げたお菓子を目の前で食べ手にどう評価されるのかが怖く、できるだけ厨房の奥で作業していたかったのです。

学校の実習では先生や同級生が味見をしてくれましたが、そこでの感想はどこか身内の優しさを含んだものでした。見知らぬお客様が代金を払って口にする場面はまったく別のもので、その重さを想像するだけで手が震えるほどでした。

店主はそんな私の様子に気づいていたようで、ある朝、今日は昼まで売り場で包装を手伝うようにと声をかけてきました。断る理由も見つからずに店先へ出ると、お客様がショーケースをのぞき込みながら交わす会話が次々と耳に入ってきました。

この焼き菓子は前より甘さが控えめになったね、という何気ない一言を聞いたとき、胸がどきりとしたのを覚えています。ちょうど私が配合の計量を任された品だったため、責められたように感じてしまい、その日は一日中落ち着きませんでした。

後でその方が同じ品をもう一つ追加で買っていったと聞き、控えめな甘さが好まれていたのだと知って驚いたものです。声の意味をきちんと確かめないまま怖がっていた自分に気づき、少しずつ売り場に立つ時間を増やそうと決めました。

振り返れば、食べ手の声を避けていたのは技術への自信のなさだけでなく、評価されることそのものへの不安だったのでしょう。その不安は誰にでもあるものだと今では思えますし、学校を出たばかりの人ならなおさら感じやすいものかもしれません。

同じような気持ちを抱えている人には、まず包装や品出しなど短い時間から売り場に慣れていく方法をおすすめしたいです。作り手の顔が見える場所でお客様と向き合うことで、厨房の中だけでは得られない手がかりが少しずつ集まってきます。

厳しい一言が配合と仕上げを見直すきっかけになった日

売り場に慣れ始めたころ、常連のお客様から、このタルトは底の生地が少し硬くて食べにくいと直接言われたことがあります。その日の仕込みを担当したのは私で、焼き色を濃くつけたほうが見栄えがよいと考え、焼き時間を長めにしていたのでした。

言われた瞬間は落ち込みましたが、店主に相談すると、その声こそ店にとって大切な宝物だと静かに諭してくれました。厳しい意見を伝えてくれるお客様は、また来たいと思っているからこそ言葉にしてくれるのだと、そのとき教わったのです。

翌日からは焼き時間を少しずつ変えた生地を何枚か焼き、フォークの入り方や口の中でのほどけ方を比べてみました。見た目の焼き色と食べやすさの両方を満たす加減を探すのは思った以上に難しく、試作は一週間ほど続くことになりました。

ようやく納得できる生地ができたとき、同じお客様に食べていただくと、今日のはちょうどいいねと笑顔で言ってくれました。その一言で張りつめていた気持ちがほどけ、食べ手の声は怖いものではなく、お菓子を育てる道しるべなのだと感じました。

仕上げの飾りについても、果物が多すぎて切り分けにくいという声を受けて、のせ方や量を見直したことがあります。作り手の目には華やかに映っていても、家で切り分けて家族と分ける場面を想像すると、別の正解が見えてくるものです。

こうした経験を重ねるうちに、配合や仕上げを決めるときには、食べる場面まで思い描く癖が自然と身についていきました。学校で学んだ基本の配合は大切な土台ですが、それを店の味として育てていくには、食べ手の声が欠かせない材料になります。

厳しい一言に出会うたびに、まずは事実として受け止め、次の仕込みで何を変えるかを一つ決めるようにしてきました。感情的に落ち込む時間を短くし、手を動かす時間へ切り替えることが、声を力に変えるいちばんの近道だと考えています。

声を集めて試作に生かすために続けている小さな工夫

食べ手の声を継続して生かすため、今の店では売り場で聞いた感想を小さな帳面に書き留めるという習慣を続けています。日付と品名、そして聞いた言葉をそのまま書いておくと、後から読み返したときに季節ごとの傾向が見えてくるのです。

同じ品について似た声が何度か重なったら、それを試作の題材に選び、配合や焼き方を少しだけ変えて確かめてみます。一度にたくさん変えると何が効いたのか分からなくなるため、変える点は一つに絞ることを店の決まりとしています。

試作した品は、まず店の仲間で食べ比べ、次に常連のお客様へ味見をお願いして、率直な感想を聞かせてもらいます。味見をお願いするときには、甘さ、香り、食感のどこが気になったかを具体的に尋ねると、答えも具体的に返ってきます。

声をかけるのが苦手な人でも、尋ねる項目をあらかじめ決めておけば、落ち着いて言葉を交わせるようになるはずです。ある専門学校では、実習で作ったお菓子を地域の方に試食してもらい、感想を集めて授業で振り返る取り組みもあるそうです。

学生のうちからこうした経験を積んでおくと、現場に出てから食べ手の声に向き合うときの心の準備がずいぶん違ってきます。集めた声のすべてに応える必要はなく、店が大切にしたい味の軸と照らし合わせて、取り入れるかどうかを選ぶことも大切です。

軸を持たずに声のまま変え続けると、お菓子の個性が薄れてしまうため、作り手としての判断は最後まで手放せません。声を聞くことと自分の考えを貫くことの釣り合いを探る作業は、何年たっても終わりのない学びなのだと感じています。

それでも、お客様の言葉をきっかけに生まれた改良品が店の定番になったとき、聞いてきてよかったと心から思えるのです。帳面に並んだたくさんの言葉は、作り手一人では気づけなかった視点を運んでくれる、何よりの教材だといえるでしょう。

まとめ

食べ手の声を怖がっていた新人時代を振り返ると、その不安は評価されることへの戸惑いから生まれていたのだと分かります。売り場に少しずつ立つようになってから、厳しい一言もやさしい一言も、お菓子をよくするための手がかりへと変わりました。

聞いた言葉を帳面に書き留め、変える点を一つに絞って試作する流れを持てば、声を落ち着いて力に変えることができます。同時に、店が大切にしたい味の軸を見失わないよう、取り入れる声を選ぶ判断を作り手として持ち続けることも欠かせません。

製菓の学校で学んでいる方も、実習のお菓子を誰かに食べてもらい、感想を尋ねる経験を今のうちから重ねてみてください。そのひとつひとつの言葉が、いつか自分の店や職場で食べ手と向き合うときに、心強い支えとなってくれるはずだからです。

声を聞くことに慣れるまでには時間がかかりますが、焦らずに一歩ずつ売り場へ近づいていけば、必ず景色が変わっていきます。お客様の笑顔とひと言に励まされながら作るお菓子は、作り手にとっても特別なものになり、仕事の喜びを深めてくれるでしょう。