お菓子が食べた人の記憶に残すものを見ずに数ばかり追った製菓の新人時代の後悔

仕上げた数だけを誇りにしていた新人のころの思い違い

製菓の学校を出て菓子店で働き始めたころ、私は一日に仕上げたお菓子の数を、そのまま自分の成長の証だと思い込んでいました。先輩より多く絞れた、昨日より早く焼けたという手応えばかりを追い、ほかのことには目を向けなかったのです。

並ぶ品の数が増えるほど誇らしくなり、売り場でお客様がどんな顔で選んでいるかは気にもとめませんでした。速さを身につけることに夢中で、お菓子が誰の手に渡り、どんな時間を彩るのかを考える余裕がなかったのです。

店主はそんな私に、このお菓子は誰のために作っているのかと何度か尋ねましたが、当時はその問いの意味がよく分かりませんでした。お客様のためと答えながらも、頭の中は段取りと数のことばかりで、言葉と気持ちが結びついていなかったのです。

ある日、急いで仕上げたケーキの飾りが崩れているのを店主に指摘され、数を優先して確認を怠っていた自分に気づかされました。そのケーキは誕生日の予約品で、もし気づかずに渡していたらと思うと、今でも背筋が冷たくなるような思いがよみがえります。

数を追う働き方が悪いわけではなく、速さも現場では大切な力ですが、それだけを物差しにしてしまったことが私の過ちでした。学校の実習では一つの品を丁寧に仕上げる経験を積んでいたのに、現場の忙しさの中でその姿勢を手放していたのです。

同じような思い違いをしている新人は少なくないと思うので、私の失敗が誰かの立ち止まるきっかけになればうれしく思います。数は目に見えて分かりやすい成果ですが、お菓子が人に残していくものは、数では決して測ることのできない種類のものなのです。

そのことに気づくまでに、私は二年ほどの時間をかけてしまい、もっと早く気づいていればという後悔が今も胸の片隅に残っています。けれどもその後悔があったからこそ、お菓子作りという仕事の本当の重みを、自分の言葉で語れるようになったのだと感じています。

一人のお客様の言葉で知ったお菓子が暮らしに残す思い出

考え方が大きく変わったのは、ある年の暮れに、年配のお客様から思いがけない言葉をかけていただいたことがきっかけでした。その方は毎年同じ焼き菓子を買っていかれる常連で、亡くなったご家族がこのお菓子を何より好きだったのだと話してくださいました。

毎年これを食べると家族で囲んだ食卓を思い出せると言われ、私は返す言葉が見つからずに立ち尽くしてしまいました。自分が数の一つとして焼いていた品が、誰かにとっては大切な思い出を呼び起こす、かけがえのない存在だったと初めて知ったのです。

お菓子は食べてしまえば形がなくなりますが、その味や香りは食べた人の記憶の中に残り、何年たっても人の心を温め続けるものです。誕生日や記念日、何気ない休日のおやつの時間まで、お菓子は人の暮らしの大切な場面に寄り添い、思い出の一部になっていきます。

その日から、焼き菓子を袋に詰めるときも、これを受け取る人の食卓を思い浮かべるようになり、手つきが自然と丁寧になりました。同じ作業をしていても、その先にいる人の顔を想像するだけで、仕上がりを確かめる目の厳しさがまったく違ってくるのが不思議でした。

ある町の菓子店では、長年通うお客様の思い出話を帳面に書き留め、新人に読ませているという話を聞いたこともあります。お菓子が人に残すものを知ることは、技術を磨くこととは別の意味で、仕事の質を大きく変える力を持っているのです。

あのお客様の言葉は私にとってかけがえのない学びであり、今でも仕事に迷ったときに思い出す原点になっています。数ばかりを追っていた日々の後悔は消えませんが、その後悔が、お菓子の向こう側にいる人へ目を向けるきっかけを与えてくれました。

もし同じ言葉を新人のうちに聞いていたら、もっと早くこの仕事の喜びに気づけたかもしれないと、ときどき考えることがあります。だからこそ、これからお菓子作りの道に進む人には、作った品の先にある誰かの時間を、早い段階で想像してほしいと願っています。

後悔を経て変わった作り方と次の世代に手渡したいこと

後悔を経て、私はお菓子を作るときに、まず誰がどんな場面で口にするのかを思い浮かべてから手を動かすようになりました。予約のケーキであれば、受け取る日の様子や集まる人数を想像し、切り分けやすさや持ち帰るときの崩れにくさまで考えて仕上げます。

焼き菓子についても、手土産として渡される場面を思い描き、包みを開けたときの印象にまで気を配るようになりました。速さを手放したわけではなく、むしろ段取りを工夫して時間を生み出し、その時間を一つひとつの確認に充てるよう心がけています。

数と丁寧さは対立するものではなく、両方を大切にしてこそ、お客様に安心して選んでいただける品をそろえられるのだと感じています。今では後輩を教える立場になり、新人が数ばかりに目を向けているのを見ると、かつての自分の姿を重ねずにはいられません。

そんなときは、店主が私にしてくれたように、このお菓子は誰のために作っているのかと、同じ問いを静かに投げかけるようにしています。すぐに答えが出なくてもかまわないので、その問いを心に置いて働き続けてほしいと伝え、焦らずに気づく日を待つことにしています。

製菓の学校で学ぶ人たちにも、課題のお菓子を誰に食べてもらいたいかを想像しながら作る習慣を、ぜひ身につけてほしいと思います。家族や友人に渡す場面を思い描くだけで、仕上げへのこだわりが変わり、作る時間そのものがより楽しく、意味のあるものになるはずです。

お菓子が残していくものは、食べた人の思い出だけでなく、作り手から次の作り手へと受け継がれていく、仕事への向き合い方でもあります。店主から受け取った問いを後輩に手渡し、その後輩がまた次へ手渡していく流れが、店の味を支える土台になるのでしょう。

かつての後悔は、今では後輩に伝えるための大切な物語となり、私の中で少しずつ温かな意味を持つものへと変わってきました。失敗や後悔は避けたいものですが、そこから学んだことを誰かに手渡せたとき、その経験は確かな価値を持つものになるのだと思います。

まとめ

新人のころの私は、仕上げたお菓子の数だけを成長の証と思い込み、その品が誰の手に渡り、何を残すのかを考えずにいました。一人のお客様の言葉をきっかけに、お菓子は食べてしまえば形がなくなっても、食べた人の記憶の中に長く残り続けるものだと知りました。

その気づきの後は、口にする人の場面を思い描いてから手を動かすようになり、速さと丁寧さの両方を大切にする働き方へと変わりました。製菓の学校で学ぶ人には、課題のお菓子を誰に食べてもらいたいかを想像しながら作る習慣を、早いうちから育ててほしいと願っています。

お菓子が残していくものは食べた人の思い出だけでなく、作り手から次の作り手へと受け継がれていく、仕事への向き合い方でもあるのです。私が抱えてきた後悔も、後輩に問いを手渡すための物語へと形を変え、今では仕事を支える温かな原点の一つになってくれています。

数を追う日々の中でも、ときどき手を止めて、このお菓子は誰のために作っているのかと自分に問いかける時間を持ってみてください。その問いを胸に作り続けたお菓子は、きっと誰かの大切な思い出となり、作り手の知らない場所で長く静かに生き続けていくはずです。